テーマ:ボーイスカウト温故知新

村山有とボーイスカウト(2) 一、神鏡(八咫鏡)を徽章に、日の丸行進、比島ジャンボリー

一、神鏡(八咫鏡)を徽章に、日の丸行進、比島ジャンボリー  戦後、村山有はボーイスカウト運動の再建を企画し、連合軍総司令部(GHQ)と交渉したところ、占領下の最初の青少年運動として許可された。 ボーイスカウトの許可がGHQからおりたので、昭和二十二年(一九四七年)五月十七日、明治神宮外苑広場で連盟復帰の記念ラリー・営火の催…
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村山有とボーイスカウト

 村山有(たもつ)はアメリカのシアトルで明治三十八年(一九〇五年)十二月二十四日生まれ、その後、サンフランシスコでボーイスカウトに出会い、そこで米国のスカウト教育を受け指導者をしていた。  昭和十年(一九三五年)に米国は竹下勇海軍大将を団長とした在郷軍人訪米団を招待した。その時一行を迎えたのが米国国籍の村山有であった。  昭…
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村山有先生生誕100周年

 昨年(2005年12月24日)は、我らがローバー隊長である村山先生の生誕100周年でした。それを記念して村山至さんが記念式典をプレスセンタで開催した事はこのブログでご紹介しましたが、その際に頂戴した冊子「村山有とボーイスカウト」には戦後ボーイスカウト運動に関連する興味深い内容が記載されており、お許しを得てご紹介させて頂く事にしました。…
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神奈川連盟特別指導者フォーラム

 9月16日~18日、横浜市青少年活動センタにおいて神奈川連盟主催「平成18年度特別指導者フォーラム」が開催されました。基本は二泊三日の宿泊研修であり、16日は隊集会などが予定されていることから一時は参加を諦めていましたが、日帰りの聴講も可と聞いて参加を申し込みました。それは鹿野重さん(新潟連盟副連盟長・元DCC/LT・S40~55まで…
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スカウト切手と郵趣協会

 村山先生生誕100周年の切手シートが、郵趣協会のウェブにある「写真付き切手(Pスタンプ)コレクション」のページに紹介されています。ランキングなどもあるようで、知人に教えてもらって何度かランキングを調べました。  驚いたことに、上位にランキングされています。1週間ほど前には2位に。先程は6位でした。大変興味深いのは、村山先生の前後…
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村山有先生生誕100周年記念の集い2

 この会へは、我が早稲田ローバースの関係者も参加致しました。左から二人目は粕谷信夫さん。二代目キャプテンで、中村 知さん(ちーやん)のお嬢さん祐子さんのご主人。その右は、1962年の「再建」の中心メンバー岩持岑生さんです。この春に交替するまで、10数年にわたり団委員長として活躍しました。さらにその右は山口 陽さん。お父上は村山先生と同時…
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村山有先生生誕100周年記念の集い

 2月25日、東京・内幸町のプレスセンタービルにある日本記者クラブにおいて、標記の集いが開催されました。  村山先生は私が大学ローバーであった時代のアドバイザ(隊長)であり、このブログでたびたびご紹介しているように、戦後のボーイスカウト運動再建に大きな貢献のあった方です。ご縁のあった皆さんをお招きしてその思い出話をと、お子さんの村山至…
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米国デンバー市と村山先生

アンノウンソルジャーの件をご紹介する中で、米大統領が市民レベルの国際交流の重要性を演説した件を書きました。People to people program ですね。「高山市の友好都市を説明する中に、父の写真があった」と村山至さんからお聞きしましたので、さっそく高山市のサイトを見ました。 高山・デンバー友好協会 http://www…
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ボーイスカウト切手その3

100周年を記念して作られた切手シートが収められたケースには、ご説明した写真などの他、さらに興味深い写真とキャプションが印刷されています。例えば「その2」で書いた隊旗が、どうして全隊ともに緑色であったのかも説明が書いてあります。拡大してご覧下さい。 追記(2010.1.20)  写真に写る皆さんはどなた?とのお尋ねが。簡略に…
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ボーイスカウト切手その2

100周年を記念して作られた切手シート上部のご説明です。思いつくまま、幾つかの写真を切り抜いて拡大してみました。  最初は東京都第70隊旗。東京都のボーイスカウト隊が100隊となった記念に、ご覧のようなグリーンの隊旗が全隊に寄贈されました。これに付いては当時の朝日新聞に、東京連盟と日本連盟の間に"論争"があったと報じられています。…
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ボーイスカウト切手

 私の長男が小学生になった時、「子の趣味の方向付けは、親の義務」と思い込み、思いつくままに幾つかを"提案"して見ました。その一つは切手。高額なものは無理ですが、それでもデパートなどへ行く事があれば、子どもにあげようと切手売り場などを冷やかしました。「ボーイスカウト切手を」と言ったとき、度々村山先生のお名前が出て驚いた記憶があります。そう…
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(社)YC&AC

正式名称は、(社)横浜カントリー&アスレティッククラブ。京浜東北線山手駅から、歩いて10分ほどの位置にあります。創業は、何と明治元年。1868年です。日本で最初にサッカーやラグビーの試合をしたのは、このクラブであったとか。ラグビーは慶応義塾が対戦相手。先年のワールドカップでは、マスコミの取材が凄かったそうです。会員制のアスレティッククラ…
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国際ボーイスカウト第1団スカウトの進級

この連盟は、考えると当たり前の事でしょうが、一切を独自に作っています。進歩制度も同様で、記章類の写真を撮りました。立ち話でその概要をお聞きしましたが、否定的な意味合いではなく、「隔絶されて純粋培養された」内容と感じました。かつての進歩精度をしっかりと残している印象があります。日本でいう初級スカウトから富士スカウトまでのステップがあり、我…
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国際ボーイスカウト第1団

日本国内に、ボーイスカウト日本連盟の他に「国際ボーイスカウト第1団」という世界連盟公認の"連盟"のある事をご存知でしょうか。英語表記で、 THE INTERNATIONAL BOY SCOUTS,TROOP ONE と言います。 この団は1918年に創設され、その後B-P自らが署名した公式承認書によりボーイスカウト国際事務局(…
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【三島総長と二十年 終 】森村学園其他

ボーイスカウト運動を再建しGHQの許可をとる為にボーイスカウトクラブの集りを森村学園で行い、三島総長は歌の指導から班制度、内田二郎氏はスカウティング、毎週の会合は未来の夢で燃えていた。 『遠き山に……鐘がなる……ボーン……ボーンボーンは鐘の感じを出して歌って下さい。』と未だに三島総長の声が耳に残っている。 追放を…
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【三島総長と二十年11】BP一家との関係

  BP一家との関係は特に記しておく必要がある。BPの長男ピーター氏が英国議員団で来日した折に彼は三島総長を訪問して、父から日本人は如何に立派な人々であるか知らされていたが、日本に来て嬉しいです。父は乃木将軍の事は特に尊敬していましたと、手をとって語っていたが、之は絵にしておきたい光景であった。私は一九五八年に英国に行きBP家を訪問した…
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【三島総長と二十年10】総長の演説

三島総長は演説がうまかった。貴族院が解消され、参議院の全国区で立候補された時、ボーイスカウトの同志に先ず『スカウト健在なり』と知らせようとの意気に燃えていた。  選挙運動に飛んで歩いた同志は純真な気持で、文字通り日夜奉仕した。手弁当、腰弁当とはこの時のことで『三島参議員』が実現する事によって我々はボーイスカウトの基礎が固ま…
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【三島総長と二十年9】中央義士会

三島総長は泉岳寺の中央義士会の顧問で赤穂浪士の研究には中々造詣が深かった。BPが乃木大将に会い武士道精神に感激し、英国の騎士道とを並べて世界の二大道義精神とした事は周知の通りである。BPが一九一二年世界一周の途次横浜につくと品川の泉岳寺に足を運び浅野公と四十七士の墓前に詣でた。泉岳寺にて墓前にぬかづく日本人の姿に接した。 何故…
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【三島総長と二十年8】スカウト・マーク

ボーイスカウト再建に際しGHQと折衝しつつ幾多の問題があった。ボーイスカウトの記章制定に際し、戦前三種の神器を組合わせたものは好ましくないとして自発的に引きこめた。 米国の記章を使用するとしても真中の鷲に代るに何にするか平和のシンボルの鳩がいいと云う意見が強かった。私は三種の神器である八咫鏡を主張して譲らなかった。新渡戸博士の…
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【三島総長と二十年7】日本大学講習会

日本のボーイスカウト運動に於て指導者の養成が急務であるとして、その目的を果す為に三島総長、内田二郎氏等と先ずスカウト・クラブを始めた。其後占領軍関係のステイグ氏とマ元帥の最高顧問のダーギン氏等が特にこの点を強調した。 米国の大学ではボーイスカウト科目にクレディットをやっているが、日本も将来そうすべきだとの意見であった。 …
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【三島総長と二十年6】三島総長と記念切手

 三島総長は極めて綿密な観察を行いBPの精神を何事にも生かす殊に努力したのが生涯の信条であったと云ってよい。私の切手収集歴はやがて五十年になろうとしている。スカウト切手の収集と、世界各国のスカウト運動の研究とを平行して行うとよいと云うのが私の主張で、総長は此の点を非常に高く評価してくれている。  『世界のスカウト切手』を出版する様…
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【三島総長と二十年5】ガールスカウト

時移り、人変り、過去の事は何事も忘れられてしまう事が多い。ガールスカウトもその一つではなかろうか。三島総長はマ元帥にボーイスカウトの再建要望した折に、ガールスカウトもBPの精神に基いて許可をされたいと申請している。 ダーギン氏と私はGHQに提供する資料をまとめた。三島夫人が会長となり発足した事は当時の記録にある通りだ。 …
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【三島総長と二十年4】決死の日の丸行進マニラ市ルネタ公園の感激

 戦後の日比関係は最悪であったと云ってよい。前比島駐日大使ホルゲ・ヴァルガス氏とは戦前から親しくしていた。戦後ボーイスカウトの総長となり、青少年の育成に努力していた。  一九五四年夏比島ボーイスカウトの第一回ジャンボリーに際し、ヴァルガス氏は東京に来て日比関係を好転させる為に何うしても日本のボーイスカウト派遣団を派遣する様に要請し…
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【三島総長と二十年3】フリーメーソン

ペルリ提督が幕末日本に来た折に浦賀で、何か特別の会合をしているらしかった。当時日本側の接待係の武士が、何事か中に入ろうとしたらば許可されなかったと云う。その会合はフリーメーソンの人々の集りで、会員外は入る事が許されない……。フリーメーソンは友愛結社である……と説明されても、当時日本には此の団体を知るに必要な資料も又は之に相当する団体…
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【三島総長と二十年2】初 期 の 歩 み ………………

 日本の敗戦の日……八月十五日夜日本少年団総長竹下勇大将は泉岳寺近くのお宅から目黒の里の私の家に疎開して来ておられた。私は米国で日米親善の為に日本の在郷軍人を米国に招待して、米国の郷軍と大いに交歓しようと提案し、一九三五年に竹下海軍大将を団長とする一向を桑港で迎えた。竹下大将は少年団総長でもあり、第一回米国ジャンボリーに行く日本少年団派…
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三島総長と二十年

「三島総長と二十年」は、日本連盟総長であった三島通陽氏のご逝去に際して村山先生がお書きになった文章です。かなり長いものであり、ブログで公開するのを躊躇したのですが、終戦当時からのさまざまな事情が記されていることから、敢えてご紹介する事にしました。  文章は12章からなります。それぞれをわけて書くことにしました。 【三島総長と…
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早稲田ローバース初代隊長 村山 有先生

以下は兵庫連盟の長八洲翁さんによる「スカウティングに影響を与えた人々」よりの村山先生に付いての記述で、転載させて頂きます。 ………………………………………………………………………………………… ★村山 有 (むらやま たもつ)  明治38年ー昭和43年12月31日 日本連盟常任理事、広報委員長、東京連盟副連盟長を歴任戦後初…
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村山有さんと米ソルトレーク市、そして無名戦士

 私は何でも保管する貧乏性。とにかく何でも仕舞い込みます。整理をしようと思っていても、その山を見るとウンザリして途中で放棄。何しろ学生時代のアジビラまでもがあるんだから、始末におえません。  今日はちょっと探したいものがあってその山のほんの一部を整理していましたら、数年前に入手した分厚い新聞コピーが出てきました。提供は村山先生のご…
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