7月10日(日曜日)岩手県大槌町

画像


 横浜第96団鈴木幸一さんは「スカウト鯛焼き隊」活動を展開しています。この活動は、先の中越沖地震の災害ボラ活動から開始されました。自費で鯛焼き器を購入し、柏崎市を中心に巡回して被災した子ども達に喜ばれました。今回の東日本大震災では発生直後に日本赤十字社のボラとして宮城県へ入り、戻ってからもたびたび現地入りして活動しています。最近の活動の多くは被災地での鯛焼き屋稼業。久しぶりの甘いものと、被災者の皆さんにとても好評であったようです。鈴木さんのメモでは、鯛焼き屋開業実績は以下の通りです。

第一回 4月11日~15日  宮城県石巻市内 5ヶ所 1,000枚
第ニ回 4月29日~5月5日 宮城県石巻市内 7ヶ所 1,725枚
第三回 5月14日      福島県三春町内 1ヶ所  300枚
第四回 5月23日~27日  岩手県釜石市内 5ヶ所 1,700枚
第五回 6月11日~12日  岩手県大槌町内 2ヶ所  450枚
第六回 6月22日~23日  岩手県大槌町内 2ヶ所  350枚
第七回 6月30日       宮城県石巻市内 1ヶ所  200枚
第八回 7月2日~7月3日 岩手県大槌町内 2ヶ所  475枚
第九回 7月9日~11日   岩手県大槌町内 1ヶ所  300枚

 鯛焼きの材料は鈴木さんが個人的に購入しています。往復のガソリン代も含めると、かなりの金額になりますが、今回の大震災では多くの方々から鯛焼き隊にカンパが寄せられて、ちょっぴり楽になったとか。鯛焼き一匹の材料費は、諸費用もあわせると50円ほど。それに現地までの往復高速代やガソリン代を加えると、結構な金額となります。なにしろこのクルマですから……。
画像


 この第九回目の活動には、私もお手伝いとして参加しました。出発は午後3時30分、横浜の港近くから。そこから高速に乗り、岩手県遠野市にある「NPO遠野まごころネット」が運営する宿泊所へ向かいました。到着は零時を少しまわった頃でしょうか。このNPOは今回の現地入りでよく見聞きしましたが、ボランティアとして全国各地から駆けつけた皆さんへ、宿泊場所も提供している様子です。遠野市の施設を借用、運営管理しているのでしょうか。駐車場には全国各地からのバイクやクルマ。ほとんど満杯です。手続きをすませ、中へ。とても驚きましたが、小学校の体育館程もある内部はほぼ満員。一列に20人から30名ほど、その固まりテントが9列でしょか。恐らくは200名を軽く超えるボラの皆さんが、シュラフなどで寝ています。壮観でした。被災地にはテントなどの一切を持参する事が常識ですが、このNPOの存在は心強い。
画像


 横で寝る若いお兄さんの「往復するイビキ」に悩まされたが、とにかく熟睡(多分)。ところが起床は6時!何が何でも6時。クレームでもつけようものなら笑いものになるから、我慢。がんばって起床。洗面後周囲を見渡せば、老若男女国籍不問。しかし、やはり若い人が多いかな。チラホラではなく、多数の女性も。ご苦労さまです、皆さん。

 NPOまごころネットへの加入が宿泊の条件らしく、よろこんで会員登録。災害ボラとして現地入りする方々には、とても助かる存在。釜石などでのボラ活動の手配などもしているようで、随所でNPOまごころネットのロゴをつけた車両を見かけました。ただ、何の不満もないけれど、ズボラな私に、6時起床は拷問同然だぞ。ま、こちらが悪いけど(^^;;

 8時過ぎ、大槌目指して出発。遠野物語、しっかりと読んでおけばよかったと思いながら、釜石市へ。ごく普通の街並みを通り過ぎ、JR釜石駅前。ここも大津波で被災しています。そこを通り過ぎ、釜石の市街地へ。5月に来た時と比較して、かなり片付いている印象がありほっとしましたが、進むうちに愕然と。ほとんど何も変わっていない。商店街のゴミが、多少除去されただけと気付きました。依然として、津波で流されたものがそのまま置かれています。大震災発生から4カ月目の日でしたが……。さらに進むうち、沢に山積していたものがきれいに片づけられていましたが、しかし、それは一部。どこも元のままに見えます。暗澹たる心持のまま、以前の訪問時にランドセルを見かけたショッピングセンタ「マスト」前に。
画像


 周囲は片付けられ、店舗前にあった数軒分の二階部分も撤去されたいました。駐車場は商品搬入でしょうか、大型のトラックが数台。何かほっとして、ちょっぴり嬉しくなりました。前にあるコンビニ前の歩道わきには花壇も作られ、芽も吹いています。被災地で見た、数少ない命の息吹。

 確認したい事があり、その次は吉里吉里へ。用をすませ、大槌の「まごころ広場うすざわ」(或いは異なる名称かも)へ。ここはその地域の皆さんへ、配給や支援品をお渡しする場所と思えます。打合せ後、今回の目的地であるWFPテントへ向かいました。廃校になったらしいのですが、大槌中学校校庭にその大きなテントがあり、ここもまた、
救援品を被災した皆さんへお渡しする場所。

 着いてクルマを降り、歩き出した所で足元が揺れます。あれ?と思いましたら地震。しかし、周囲はとても冷静。多分、気付いていない。そのまま確認の必要ができて先程の広場へとクルマで戻り、再度WFPテントへ戻ろうとしたら長蛇の車列・渋滞。頭上のスピーカーからは津波注意報が発令されたと放送され、消防車でしょうかサイレンが聞こえてきます。ようやくテントへも戻りましたら、人影がまったく見当たりません。皆さん、避難したあとでした。100名は下るまいと思われたテントの被災者の皆さんでしたが、波高50cmと聞いて「大した事ないじゃん」とのんびりしていた我々でしたが、その姿勢が大きな被害をもたらしたかも知れぬ大震災の津波。ちっとも学んではいない他所ものの我々。恥じ入りました。

 その後避難の皆さんも戻り、早速営業開始です。久しぶりのお手伝いでまごついてしまいましたが、何とか開店のお手伝いができました。鈴木親方は焼く係で、私はその"後方支援"とお客さん呼び込み、配達。結構続々とお客さんがきて、忙しい。親方は火の前ですから汗だくですが、脇で時々盗み食いする私も汗だく。有料かなと横目で通り過ぎようとする方にも「無料です、どうぞ」とお渡しします。うれしそうに受け取って下さる。負けずにこちらもうれしいですよ。

 災害ボラの皆さんも多数。特に目立ったのは長野県上田市が仕立てたバスでいらっしゃった皆さん。現地では泥のかき出しは一段落して(どうもそのように見えます。考えてみれば、泥をかき出す必要のある家屋は比較的少ない。ほとんどの家は、壊されてしまいました)、川の清掃などが中心の様子です。ショッピングセンタマスト前で見たランドセルや写真などの汚れ落としも行われ、10人ほどの上田市の皆さんが作業にあたっていらっしゃいました。また、私たちの地元、神奈川大学の学生さんも多数。多分、大学が仕立てたバスで大槌へ。10数名はいたような気がします。もちろん上田や神大の皆さんにも「どうぞっ!」。「私たちが頂戴してもよろしいのですか?」と聞いて下さるのが素晴らしい。「基本的に被災地では、一切のものを頂く事を辞退する」とご存知。事前にきちんと、災害ボラとしての心を学んでいらっしゃったのでしょうね。「大津波、怖かったでしょ」と、根掘り葉掘り興味半分で聞きたがり、あの恐怖を思い出させる粗忽者が災害ボラとして現地入りしてるとも聞いていましたが、この皆さんとは無縁。また、神奈川県平塚で、もとガールスカウトであったお嬢さんが、Yahooで見たボランティア募集に応じて大槌へ。もう登録はないとの事でしたが、やはりスカウトとしての活動が今回の応募の契機になったのかと。親方はつい嬉しくなり、記念撮影して「スカウト鯛焼き隊制服」のTシャツをプレゼント。このTシャツ、隊員には無償で、指導者は1,500円で購入です。
画像


 ご家族へや、お友達へとおっしゃる皆さんにも鯛焼きをお渡しして、合計300枚が無くなったのは夕刻でした。受け取って下さる皆さんは、一様に笑顔。辛い日々はまだ続いていますが、ひと時であっても鯛焼きをパクついで下さる間は笑顔。そう信じて、鈴木親方と「スカウト鯛焼き隊」は、太平洋岸を走り続けます。

 7月12日、朝日新聞声欄に「鯛焼き譲った岩手の子ら」が掲載されました。親方の投稿です。
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック