「釜石の奇跡」と「津波てんでんこ」

 写真は、この連休に岩手県大槌町の三陸海岸最大のショッピングセンタ「マスト」前で見かけた、箱に入れられたアルバム、卒業証書、ランドセル、ビデオテープなど。被災した家庭から流失したものです。それがどなたかによって集められ、回収を待っていました。遠くに海が見えるような地域で(地図上では約1km)周辺を山に囲まれている川沿いにあります。ショッピングセンタ前の駐車場は、津波に押し流された家が数軒、恐らく二階部分だけが居座っていました。

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 私たちが住む地域は、あの関東大震災で被災しました。その地震は三浦半島先端部周辺を震源域としています。また、鎌倉の大仏は1498年9月に発生した東海地震・東南海地震震源域で発生した大地震の津波で殿舎が流出しました(この事は、小学校での副読本である「鎌倉こども風土記」に掲載されているのに!)。ちなみに大仏さまは海岸から800m以上も離れ、標高は12mです。その事を踏まえて、皆さんの「そなえよつねに」は、いかがでしょうか?
 実はこの事実を知る方は、私が聞いた限りでは鎌倉市民にもあまりいませんでした。最近、鎌倉の地図を見ながら、標高10mの地域をチェックして見ました。無用の恐怖心を煽るのは本意ではありませんが、大船駅近くを流れる柏尾川周辺の標高は10~11m。この川は江の島辺りへ流れ込む境川と合流していますが、大潮の時などには逆流する光景が。江の島を12mの津波が襲ったら、このあたりはどうなるのでしょうか。鎌倉駅周辺も、似たようなもの。ちなみにあの江の島島内の商店街は、標高は10m少々と見えます。


釜石の奇跡と津波てんでんこ

 「てんでんこ」は、岩手県大船渡市の津波災害史研究家山下文男さんが、幼いころに両親が話していた言葉を講演で紹介した事などがきっかけで広がったと言われています。「てんでんバラばらに」の意で、元は自分だけでも高台に逃げろという考え方でしたが、今の三陸地方では、「自分の命は自分の責任で守れと」の意味として使われていると言います。

 2003年の気仙沼を震源とした地震発生時、津波を心配して避難した住民が1.7%しかいなかった事から津波で度々被災して大きな被害を出した事のある釜石市では、小中学生への防災教育に力を入れ始めました。子ども達が授業で得た知識はやがて保護者へと伝えられ、今回の大震災で亡くなった保護者は幸い少数にとどまったと言います。

 以上はラジオのニッポン放送番組からの受け売りです。以下も同様です。釜石市の小中学校と協力、実際にその教育のお手伝いをした群馬大の先生のお話です。

 東日本大震災発生直後、グランドでサッカーをしていたその叫びを聞いた隣の鵜住居小学校の子ども達も、一斉に避難を開始しました。教師が避難指示を出す前で、地域の大人たちも、600人ほどの子どもたちの逃げる姿を見て避難を開始、さらには途中の保育園もそれを見て避難活動を開始しました。小学生の手を引く中学生の姿も目立ちました。普段の防災訓練で使っている高台に着いたものの、崖崩れや防波堤を越える波の高さを見て「まだ危ない」と、学校からは1kmにもなる高台へ避難、着いた時には足元に津波が迫っていたと言います。
 津波は地震発生後、いつ来るか分かりません。度々津波に被災した同地では、教師の指示がなくてもとにかく早く、自分の判断でできるだけ高いところに逃げるよう教えられていました。その結果、市内全小中学生約3,000名のうち、津波の犠牲となった児童は5名で、0.2%でした。これが釜石の奇跡です。「想定外」とは一頃よく聞いた言い訳でした。しかしその多くが、単なる責任逃れからの発言であることは明白ですね。普代町では高い防波堤で亡くなった方が少数でしたし、福島原発と女川にある原発の津波への備えを見聞きして、そう感じます。

<MSN産経ニュース>
 http://sankei.jp.msn.com/life/news/110413/edc11041314070001-n1.htm
<月刊「WEDGE」最新号の特集 「『想定外』を生き抜く力」 群馬大学片田敏孝さん>

 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1312

 これらの事例の全てが、そのまま私たちの住む地域にあてはまるわけではありません。しかし、その姿勢は、とても参考になります。2003年の地震後に出したアンケートに答えた釜石市のほとんどの子どもたちは、このような災害が起きた時の対応として「お母さんに電話する」、「お家の人が帰るのを待つ」と回答しています。今回の震災では、電話が通じなかった事や、全ての交通機関が停まって帰宅できなかった人が続出しました。高い防波堤があるから安心、津波が来る時には必ず一度波が引くというような思いこみありました。事実、「波が引きだしたら教えてね」と、貴重品を取りに帰宅、亡くなった方の数も少なくはありません。

 いま一度、非常時にどう行動するのかを話し合う必要がありはしないでしょうか。中越地震の時、新潟県長岡地区ではオーバーナイトのためにスカウトが集合していましたが、地震発生で急遽プログラムは中止となり、リーダの避難の心得を聞いて解散となりました。帰宅したスカウトはてきぱきと避難の指示を家族へ出し、保護者の皆さんから「ボーイスカウトへ入れて良かった!」と感謝されと聞いています。「そなえよつねに」は、単なる”呪文”ではありません!

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