東北地方太平洋沖地震

 またしても!

 昨日は受付システムメンテナンスのために 横浜の学童保育施設を訪問していました。メンテを終えて次へと思い、顧客へ電話した瞬間にぐらぐら。振幅の大きい横揺れ。震源が近いと縦揺れからと思い込んでいますが、それにしても揺れが長い。急ぎ今出た学校へ戻ります。校内放送で、生徒は全員校庭に。怖かったでしょうが、比較的子どもたちは静か。おとなしく地面に座って保護者のお迎えを待っています。しばらく様子を見て、急ぎ次の学校へ向かいました。道を間違えてしばらく歩きましたが、向こうからゾロゾロ来るのはヘルメットを持ち、小さな角ばった袋を腰に下げた人の群れ。会社指示で退社し、それらを持っての帰宅らしい。電車は全線ストップしたとの事で、徒歩で帰宅する途中らしい。気がつけば、停電で信号機も消えています。

 街中は冷静で、途中のコンビニに人だかりができている程度。中は真っ暗で、店員の皆さんが顧客対応に大わらわ。車も通常とかわりなく、切迫した事態ではないためか信号の消えた交差点でも譲り合う光景が。二車線の、切れ目なく車の通る道路です。大きな交差点では警察官が誘導し、町内会のボランティアでしょうか、誰もいない交差点では数人で交通整理をしています。
 私の携帯はAUで、発信規制がかかりまったくつながりません。思い立って、コンビニ前の公衆電話へ。しかし、IP電話の我が家は、当たり前ですがかかりません。NTT回線を利用するもう一本へかけましたが、つながらず。別の公衆電話でも試しましたが、同様です。あまり期待できぬ代物と知りました。

 次の顧客先では大半の生徒が下校したあとで、取りあえず校内の施設を利用して学童保育をおこなう指導員の皆さんを見舞い、子供たちと少し遊んで失礼しました。停電ですから、肝心のパソコンは立ち上がりません。仕事になりません。ここにも保護者のお迎えを待つ児童がいますが、大半は下校した様子です。度々お迎えの保護者と間違えられて恐縮しました。30分ほどで失礼して帰途へつきます。そういえば避難場所としての利用を考えた方が数組、学校へ見えていました。

 震度5弱とやらで、街中はとても冷静。暗くなってきて、コンビニを始めとした商店などはすべて臨時休業。車のライト以外の明かりはなく、真っ暗です。その中を、帰宅する人たちの列。いわゆる帰宅難民への対応は、見当たりませんでした。一応は幹線道路を歩いていたのですが、それらしきアナウンスも掲示も見当たらず。ニュースでは受け入れが報じられていましたが、ばらつきがあるようですね。

 ようやく18時過ぎに大船駅に着きましたが、この頃から渋滞が始まります。駅は自家発電でしょうか、明るい照明が点いていますが、駅中のお店は臨時休業です。車のライト以外は照明がなく、歩くのは大変ですね。いつもLEDの小さな懐中電灯を持ち歩いていますので、それなりに安全に歩く事ができました。幸いバスは通常運行で、それに乗って自宅近くのバス停で下車。あとは通りなれた道ですから、無事帰宅。一応の緊急時の資材は持っていますが、どこに仕舞ったのかを忘れています。思い出しながら帰りましたが、妻がしっかりとそれらを探し出して用意していました。ラジオは手回しの充電が可能ないかにも怪しげな代物でしたが、停電でTVのつかないこの夜、しっかりと働いてくれました。一番心配したのは熱源。暖房は昔ながらのストーブを残してありますので大丈夫ですが、煮炊きに使おうと思っていた卓上コンロは貸してあり、それが気がかりでした。量販店でと道々考えましたが、閉店で購入できません。とても助かったのはガスが停まっていなかった事。とてもラッキーでした。恥ずかしいけど。実はプロパンのボンベを準備しようと考えていた矢先でもあったのです。

 道々携帯のワンセグで視聴を試みましたが、途切れ途切れでいらいらするばかり。まったく状況が把握できません。途中のお店でラジオの音声を外へ流していましたので、これには助かりました。仰天しましたけど。これほどに、とても信じる事の出来ぬ災害であったとは。ふさわしい表現ではありませんが、災害出来時の知識を実際に学ぶ事ができました。震源地が私の住む町であれば、こうも冷静に考える事はできませんね。

 改めて、被災者の皆さんのお見舞いを。町が津波で消滅など、本当に信じられません。出来る限りの救援活動を、ボーイスカウト仲間と相談し始めました。

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