ボーイスカウト神奈川連盟、平成22年度神奈川県・座間市合同総合防災訓練へ

 9月29日午前10時から座間市内相模川グランドで標記防災訓練が実施され、神奈川県内から約100団体が参加しました。この合同訓練は毎年開催され、消防・警察・自衛隊の他、電気やガス、水道各社、病院、町内会、そして様々なボランティア団体が、災害出来時にどう対応するからのトレーニングを披露しました。
 ボーイスカウト神奈川連盟からは災害支援委員会が参加、炊飯ビニール袋を利用した米飯の提供などの活動を行いました。神奈川県内には、11の地区があります。3年ほど前からそのすべてに災害支援委員会が置かれ、地区によりその内容に差異はあるにしてもそれなりに活動しています。神奈川連盟の連盟長は松沢県知事で、県災害対策本部長。名目だけではなく、県連行事には度々参加して下さいます。昨年朝霧で開催された県キャンポリーには、お忙しい中、足を運んでくださいました。
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 神奈川連盟の災害ボラとしての活動は、他県連に比して際立っていると自負しています。その具体的な活動は、雲仙普賢岳噴火に際しての活動に始まりました。噴火直後に現地入りし、地元団やボランティア団体と協力、全国各地から贈られて支援物資の仕訳、救援物資の被災者への配達などをお手伝いした経緯があります。火山灰の降り積もり、空が噴火の火で染まった夜を思い出します。クリスマスには地元児童を招待し、横浜や鎌倉の小学生が書いたお見舞いのお手紙やプレゼントを配りました。この活動には、県内のボーイスカウトやシニアスカウト(当時)、そして早稲田ローバースを中心としたローバー諸君の参加がありました。現地入りは、6回ほどにものぼりました。

 次いで阪神淡路。発生直後に有志が現地入りし、避難所の運営お手伝いや被災者救援にあたっています。ご承知のように現地には日本連盟の対策本部が置かれ、全国から馳せ参じたボーイスカウト関係者のコントロールタワーとなりました。私は遅れて春休み、当時の流行であったパソコン通信ニフティサーブのフォーラムで呼びかけ、埼玉・東京・神奈川・岐阜のシニア隊スカウト約50名と共に東灘区のボランティアセンターへ。小さな公園にテントを張り、そこから"出勤"して土砂の片付けや仮設浴場の"営業"支援、仮設住宅居住者支援(家具の移動に始まり、話し相手などの高齢者のお世話など)、広報配布、救援物資配給等、さまざまなお手伝いを行いました。事前に対策本部へ問い合わせたところ、「もう収束に向かっているので、来ても作業はない」と聞いて、発生直後から現地入りしている早稲田ローバースのローバーへ問合せたところ、「仕事はまだ山積している」との回答で現地入りしましたが、現地に居ながら状況を把握していない対策本部に、かなりがっかりしたものです。東灘区の灘高脇にあったボランティアセンタへ連絡を取ったところ、「ありがたいけど、泊まる場所が」とのお返事。もとより自炊とテント生活は当然と準備していましたのでその旨を申し上げて問題は解決。受け入れ側は、「遠路遥々来てくれるのだが、礼儀として交通費や宿泊場所、食事は用意せねば」とお考えになるらしい。ボラの心得として、カタツムリよろしく住居を背負い、衣食やその他の経費は、一切先方にご心配をおかけしないと、その程度は弁えています。ここでもやはり、スカウト諸君はとてもよく活躍してくれました。敢えて申し上げれば、胸や肩に縫い付けた徽章とは無関係。どのスカウトも、立派に役立ってくれたのが嬉しい。「いつも他の人々を助けます」を、見事に実践してくれました。写真は、ボラセン裏のボーイスカウトテント村です。そして東京連盟江戸川第5団のシニアスカウト。
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 次に記憶に残るのは、北海道有珠山噴火。現地のボランティアとひょんな事で知り合い、開始したのは有珠山の火山灰を全国の小学校へ配布する活動。さまざまなルートで呼びかけ、配布した1kgの火山灰は600校近くの学校へ送られました。火口に近い図書館が泥流に埋もれ、新しく開かれた図書館への蔵書プレゼント呼びかけで5千冊以上の図書を集めた活動では早稲田ローバースのOBなども参加して現地入り、その整理にあたった事も。青森連盟のスカウトやリーダ、転勤で札幌在住のリーダ、そして北海道連盟のコミッショナーや地元胆振地区の各団も参加しました。写真は図書館「みずうみ読書の家」図書整理の光景。
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 残念ながらまたもや発生した大規模災害。新潟中越や中越沖地震です。地震発生時には鎌倉に居ましたが、両方の地震ともに、地面がゆっくりと大きく、不気味に揺れ動いたのを記憶しています。中越では神奈川連盟から、延べ200人以上はボラとして現地入りしました。私は小千谷市が最初で、次いで長岡市。地元団の皆さんと共に、救援品の仕訳や整理、運搬が主な作業でした。神奈川では他に県央地区を中心とした、ベンチャー諸君による子ども達を楽しませる企画を実施するキャラバンを送り込んだこともあります。中越沖では、それまでの実績により柏崎市の比角小学校に作られた避難所の管理運営がボーイスカウトへ委託され、富山連盟・新潟連盟と協力してそのお手伝いをしましたが、この辺りで神奈川連盟災害支援委員会創設の機運が具体的に盛り上がったのではと想像しています。写真は中越地震時のものと中越沖地震に際しての比角小避難所です。
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 「いつも他の人々を助けます」は"ちかい"の一つ、「そなえよつねに」は私たちのモットー。決して力むことなく、何かの時には可能な範囲で社会の役に立つ。私たちの日頃の活動は、ボランティアのためのみにあるのではないという事は当然ですが、しかし、その為に活用可能な心構えや技能は備えていると思います。

 思いつくままに、整理せずに書きました。改めて、この記事を整理しながら自分自身の活動を整理してみたいと考えています。それは個人的にどのような活動を行ってきたのかをひけらかすのではなく、ボーイスカウトが災害ボラとしてどのような活動をしてきたのか、そしてそれがどのような形で取りあえず結実しつつあるのかを知って欲しいからなのです。瓦礫の下で母親がわが子に、「あなたをボーイスカウトへ入れたのは、このような時にどう動くのかを知って欲しかったからなのよ」と言いつつ息絶える、そんな事のないように……

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この記事へのコメント

鈴木幸一@ボーイスカウト横浜第96団
2010年09月17日 11:00

 町内の自治会などが毎年、小学校のグランドで開催する運動会などの協力支援団体に「ボーイスカウト」の名称が入ると、運営に対する信頼感が向上すると考えるのは、社会通念上の常識と考えられます。

 しかし、ボーイスカウト運動の舵取りを担う肝心な人々に、そうしたことについてのセンスの薄いことに、スカウト運動の脆弱性を危惧する次第です。

 神奈川連盟では、先日の総会で理事長が交代し、平成22年度の神奈川県総合防災訓練には、参加した57名のスカウト関係者のトップとして来賓席に招かれ、連盟長でもある県知事の近くで訓練の様子をご覧頂きました。

 警察、消防、自衛隊などの各機関に混じって、お揃いの白ヘルメットとオレンジの反射服でてきぱきと奉仕する姿を目前にし、県知事以下多くの皆様から訓練中に「ボーイスカウトは頼もしい。」などと声を掛けられれば、この運動の真髄を感じたと思います。

 神奈川連盟内に「災害支援委員会」が発足してからの年数も浅いなか、例年の訓練には「地区災害支援チーム」を中心に実力を付けてきました。

 残念なのは「県連理事」や「地区役員」の多くが多忙ななかか、こうしたボーイスカウトの特性を活かした活動の参加が少ないことです。

 まあ、20年前に坂本さんと救援物資を満載した「キャラバン」で、長崎県雲仙普賢岳噴火災害で噴煙立ち込める「島原市」を訪問した際、「ボーイスカウト日本連盟」の旗が見られなかったのだから、しょうがないことかも知れませんね。
chizuyan
2010年09月17日 13:52
管理人様こんにちは。
ボーイスカウトの方々が、ボランティアしているのを主人と結婚して初めて知った私です。
その後は自分の育った団体と同等かと勘違いしまして、色々と奉仕活動をさせて頂きました。
が、
以前の所属団以外にも、他府県への活動へ幾たびか参加して感じた事。主人の役務のお陰で膨大な情報が即座に手に入る事を含めて、比較した私の感想は、災害ボランティアとしては『ひのきしん隊』の方々の意識と技術レベルは最高でした。
ボラの方々の就職管理も含めて、宗教法人が全面バックアップの為かもしれません。
その為、私の姉妹も、子ども時代から無意識に災害ボラが普通に出来る環境で育っております。それは娘にも受け継がれて居るようです。

ただ、その技術は全て主人がBS関係者だからと賞賛されるのには呆れてしまいましたが。

追伸、私のコメントは表示したくない内容が多いと思われますので、どうぞ削除なさって下さい。
鈴木幸一@横浜第96団
2010年09月19日 14:12
ちずやん様 坂本正志様

 ちずやん様の貴重なご意見をお聞きし、大変嬉しく思います。

 文中の最後に「その技術は全て主人がBS関係者だから」と申されたのは、「ひのきしん隊」も含め「災害ボランティア」の活動に必要な技術の多くは、救急法、炊事、野営管理などボーイスカウトのスキルと共通するものあり、スカウトであれば常識の範疇であると意味ではなかったかと思います。また、団体行動や制服の着用も被災地から見れば安心に繋がります。

 昨日、神奈川の赤十字防災ボランティアとして「津久井赤十字病院」の災害対応訓練に参加しましたが、訓練中医師との雑談のなかで「ボーイスカウトに学びたい。」旨のお話を伺いました。

 「ひのきしん隊」など宗教関係や労働組合の「災害ボランティア」は確固たるバックアップを受けて活動されていることは、現在のボーイスカウト関係者にとって羨ましい限りです。

 しかし、被災した県や市等の行政は、「新潟県中越沖地震」で開設された柏崎市立比角小学校に設けられた「避難所運営」の委託先に「ボーイスカウト」を選びました。

 「ボーイスカウト」には、実力の如何を問わず社会的にそうしたイメージから来る「信頼感」が備わっているようです。

 考えようによっては、「ボーイスカウト運動」は前途洋々に思えます。

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