村山有とボーイスカウト(6) 五、日本大学ボーイスカウト公認指導者講座

五、日本大学ボーイスカウト公認指導者講座

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 戦後、ボーイスカウト再建には指導者の養成が不可欠であるとして、三島通陽総長、内田二郎氏、村山有等でスカウトクラブを始めた。 GHQの関東民政部教育官M・B・スティング氏より、米国の大学ではボーイスカウト科目があるので、日本も将来これ相応のものを行うべきで、まずどこかの大学にスカウト講座を置かないかと村山東京都連盟理事長に話があった。

 そこで親しかった日本大学の呉文炳総長に相談し、日本大学にスカウト課を置き、毎週一回十週で修了とする講座を年三回でスタートした。名称を日本大学ボーイスカウト公認指導者講座と決めた。 第一回講座は昭和二十五年(一九五〇年)四月十二日から六月二十日で開講式は呉総長以下名士百六十名が出席した。ボーイスカウトからは三島通陽、古田誠一郎、岡本礼一、内田二郎、山口勝治、伊東修己、鳴海重和などの各氏、GHQからはM・B・スティング、R・ダーキン、D・タイパー、ハウト少佐、ライツ神父などの各氏。マッカーサー元帥からの祝辞もあった。 修了証書は主任講師のほかに日本大学総長名も連記され五十二名が修了した。三年で九回行われ合計四百二十六名が修了した。また、終了者は日連の規定に基づき、公認指導者の資格を与えると共に東京のオールドスカウトに編入していった。

  昭和三十九年(一九六四年)十二月に日本大学の永田菊四郎総長からボーイスカウト講習会再開の依頼があり、十二年ぶりに再開し、昭和二十七年(一九五二年)の第九回講座の続き回数として、第十回日本大学ボーイスカウト指導者講習会(第百十回東京連盟講習会)として開催した。 開会式では永田総長の訓示、三島総長・タイパー氏の祝辞、村山主任講師挨拶があった。講師は村山の他、内田二郎、伊東修己、高輪淳一、山口勝治、佐久間巳喜男、杉村文治、中山弘之、斉藤真仁などの各氏。講習会での隊長は斉藤真仁氏が担当した。
 修了証書は四二七番からの続き番号で発行され、以前と同じに大学総長の名前も連記された。
 この講習会がきっかけで日本大学にも法学部ローバー隊(東京二六三団)ができ、昭和四十年(一九六五年)十月二十三日、日本大学本部で永田総長をはじめ、各大学ローバーを招いて発団式を開催した。育成会長は高梨公之法学部長、法学部の鵜沢義行教授が団委員長、岩井肇教授が隊長に就任した。発団時の一年生がその後の全国五百キロハイクをスタートさせた。

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