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zoom RSS 村山有とボーイスカウト(4) 、ボーイスカウト東京都連盟初代理事長、隊旗授与式、国際親善(桜樹贈呈式

<<   作成日時 : 2006/10/16 00:24   >>

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三、ボーイスカウト東京都連盟初代理事長、隊旗授与式、国際親善(桜樹贈呈式)、百隊結成記念祝典

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 昭和二十二年(一九四七年)五月一日、ボーイスカウト東京都連盟は、日本連盟再建の為の臨時中央理事会発足と同じ日に、仮東京都連盟としてスタートした。

 昭和二十四年(一九四九年)四月二十九日に東京都教育庁で正式に東京都連盟結成式が開催され、東京都連盟理事長に村山有が推戴され就任した。 東京都連盟事務局は昭和二十二年(一九四七年)の最初は日本連盟事務局と同じ千代田生命会館内、その後、昭和二十三年(一九四八年)水交社の一階に日本連盟と一緒に東京都連盟も置き、日連の総長室と需品部も置いた。

 東京都連盟には米軍の出入りが多いので、一般事務局は、銀座の改造社に置いた。
 後に水交社の改築の為。鳴海事務所、中央区八丁掘の白橋龍夫氏の白橋印刷所、赤坂の中里勝顕氏の円通寺と動く。
 村山有はGHQや外国の友人等の協力を得て百万円の募金に成功し、芝の西久保巴町に日本連盟本部用に洋館を購入し、東京都連盟も同居した。後に改装してスカウトホールを作る予定をしていたが、日本連盟が手放してしまった。連盟事務局はその後、月島の東海汽船の倉庫、浅草の本願寺、新宿区戸山町そして、現在のオリンピック青少年センターに移っている。

 昭和二十四年(一九四九年)十二月一日、東京都連盟『スカウティング』第一号発行。編集人は中里勝顕氏、発行人は村山理事長。発行所は港区赤坂一つ木町日勝文庫・東京都連盟となっている。内容は、スカウティングについて、キャンピング、行事報告等、村山は「スカウトライフ」というコーナーでボーイスカウトの歴史などを掲載していた。昭和二十五年(一九五〇年)五月二十五日発行の第三号から、発行所は台東区石浜町一ー五・東京都連盟となる。昭和二十六年(一九五一年)七月五日発行の第九号からは、港区南佐久間一ー十五・東京都連盟となっている。なお、この『スカウティング』は現在の日連機関誌『スカウト』『スカウティング』の原形である。東京都連盟カラーを【緑】に決め役員用緑色ネッカチーフを作成。

 昭和二十六年(一九五一年)一月三日の新春行進で「隊旗授与式」を挙行。東京の七五隊迄の各隊に「緑色隊旗」を授与した。

【以下は村山有著「終戦の頃」より】
 米国ユタ州の人々は戦時中、加州等から強制移住させられた日本人・日系人を援助してくれ、大きな犠牲を払ってくれた。特にモルモン宗派の人々は大学教授や公人を集め人権擁護委員会を組織し無力な日本人を援助してくれた。このような好意に対しソルトレーク在住の日本人・日系人たちがソルトレーク市に作られた平和公園に日本庭園を寄贈していた。ボーイスカウト再建運動がGHQに許可され、その感謝のしるしに東京のボーイスカウトと、ソルトレーク市の動物園と動物交換をしてきた上野動物園が共に募金をして千本余りの桜樹をソルトレーク市に寄贈することにした。 昭和二十六年(一九五一年)三月十一日に皇居前広場で「桜樹贈呈式」を挙行した。前年に米国での桜樹輸入許可書を取っていたのでパンナム機で空輸した。しかし、米国中西部地域は果樹園地帯のため空輸された桜樹が、未知の病原菌に侵されていた場合、その地域の果樹園に回復不能の被害がでることも起こりえるとの理由でシアトルの検疫所で焼却されてしまった。桜樹が届かなかったためソルトレーク市議会では公費支出が出来ず空輸代五十四万円の請求は村山宛に来た。その当時、病気の子供が重体で日夜看病にあたっていたが家を処分し空輸代を支払うことにした。
 そのことを知った在米の日系人やソルトレークのボーイスカウト等は「BS桜樹募金」を作り広く呼びかけた。また、グレード市長も募金委員を指名して全米に呼びかけ「桜樹市民募金運動」(Cherry Tree Fund)をして空輸代を集めてくれた。パンナム社は、「そのような善意のお金は受取れない。」と空輸代請求を取り下げた。そこで、集まったお金を使って米国国内で桜の木千本を買い平和公園のジョルダン河畔に植樹された。また、桜樹募金の残金の一部を使用して米国でテントを買って東京のボーイスカウトに感謝状と親善のリボンを付けて贈ってきた。 昭和二十六年(一九五一年)十一月三日、村山理事長は「東京都連盟百隊結成記念祝典」を皇居前広場で挙行。GHQからも多数の要人が出席した。新春の隊旗授与後の新隊にも「緑色隊旗」を授与する。夜は日比谷公園で大営火を行う。 昭和二十七年(一九五二年)三月二十九日、桜樹贈呈の返礼として米国連盟から米国会議事堂に掲揚された国旗がBS都連に贈呈され、都連からは日本国旗がエアリフト計画によって二人目の海外派遣スカウトの福沢君が五月にワシントンDCのスカウト大会に参加して届けた。
 昭和二十七年(一九五二年)四月二十八日に「日本独立国旗交換式記念」として、国旗と八咫鏡の竿頭を作成し各隊に贈呈した。
【引用終わり】

 昭和二十七年(一九五二年)六月、日本連盟年次全国総会にて村山有に日連相談役を委嘱決定。十二月、東京都連盟は日本連盟からの解体指示があり受け入れる。村山は竹下提督と約束した再建の目処がついたので第一線から離れ原隊やローバーなどに力を注ぐ。
 昭和二十八年(一九五三年)六月二十一日にボーイスカウト東京連盟が新設される。同時に連盟長職が新設される。初代連盟長に林甚之丞氏が推戴、東京都連盟理事長の村山有は副連盟長となる。翌年の昭和二十九年(一九五四年)から昭和四十五年(一九七〇年)まで久留島秀三郎氏が第二代東京連盟長となる。同時に、東京都連盟理事長だった村山有は副連盟長となる。理事長職は昭和三十三年(一九五八年)まで空席となる。

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写真は日比谷での百隊結成記念隊旗授与式。右から村山有氏、グリフィン氏、安井誠一郎東京都知事。
(注:平成22年1月21日、伊東美代松氏をグリフィン氏へ修正)
1
坂本 正志
2010/01/22 01:08

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